「価値」を問う一枚のポスター

今回のMcollectionは「死刑台のエレベーター」Ascenseur pour I'Echafaud 1958BY。
先日このポスターを少し早めにM氏が持って来て下さいました。
いつもの通りもの静かに「フランス映画のポスターです。ヌーベルバーグの代表的な作品です。」とだけ言い残してお店を後にされました。
このポスターも古いものらしく、多分好きな方には価値のあるものだと思います。
M氏は謙虚に「ポスターが気にいらなったり、いらないなと思ったらストレートに言ってね。」といわはります。
これらのポスターを置いて頂いて、もうすぐ2年になりますが、
一度も持って来て頂いたものに不満など抱いたことはありません。
と言うのも、彼が一枚目を持ってきはった時に「彼の感性」についてはもう既に疑う余地が無かったからです。
わたくしの知らない時間にM氏が培った感性はポスターというモノを通して皆さまの目の前に佇んでいます。
M氏が僅かながらでも忙しい時間の合間を縫って、どのポスターが合うだろうと想いを馳せて頂いて、その貴重な感性の積み重ねを毎月忘れずに持って来て下さることに深く感謝しています。
人は「モノ」に対して価値を見出しがちですが、こういった行動は目には見えない解り難いことです。
こういう解り難いことをあえてして頂いている。
感謝というありきたりな言葉よりもその行動にこそ価値があると思うのです。
わたくしはフランス映画も興味の無かった人間です。
未だに、連ねられたポスターの映画を見たことがありません。
何故ならこの一枚には彼の世界と歴史と思い出があるのであって、それは彼だけが持っているもの。
そこにわたくしの感想や感性は必要ないからです。
「あなたが素敵だというのならそれでいい」わけなんですね。
そして、この狭いスペースはもう既にM氏のものとなっているのですから。
ただ単純に「置かせてねー。」という言葉から始まったモノはいつの間にかお客さまの愉しみとなりました。
どうか「価値のある一枚のポスター」をご覧になって「行動こそ価値である。」ということを感じて頂きたいと思います。


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