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2010年7月13日 (火)

愛智あるSAKE

わたしが池田晶子氏の著書に巡り合ったのは、このお店を開店させる前の年でした。
40歳になろうとしていたわたしは、ブックサーフィンをしていて偶然「41歳からの哲学」という本を手に取りました。

池田さんは46歳の若さでお亡くなりになっています。

そのずっと前にヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」という本をわざわざ取り寄せて(当時は本屋さんには置いていなかった)読み、深い感銘を受けていました。


哲学というと小難しく聞こえますが、ただ簡単に言ってしまえば『般若心経』のようなもので(簡単でははいでしょうか)この世を生きてゆく上での「愛智」だと思っています。

よく人に「考えすぎた」と指摘されます(笑)
それは時と場合によっては非常に突き放したような言葉に取れます。
何も考えず、何も悩まない人なんてこの世に存在しないと思うからです。

毎夜、「楽しい」を提供する側に居るのですが、何故人は「楽」を求めるのか。
それはその影に必ずそれぞれの「苦しみ」が存在しているからなのです。
忘れたいと思う事柄も何らかの病気にでもならなければ、忘れることは有りません。

それを忘れるために「酔う」のです。
それを忘れないために「酔いに任せて語る」のです。

言葉が存在し、通じ合う感情を認識するということは一瞬の幸せ。


たとえそこに、かつて深い溝があったとしても、人が言葉(ロゴス)を持つ限りはその溝を埋められることもあると思います。

「41歳からの哲学」
その本は誰かにあげたように記憶しています。

わたしの中で「考える」=「病む」ということにはなりません。

お酒も今年のお米はこうだからと考えて皆様に愛されるように蔵元が作っています。
モノづくりは先ず「相手を想い考える」ことから始まるのだと・・・。

どうぞ、日本の滋賀のお米の味に酔いしれて幸せなひと時をかみ締めて下さいませ。


*小難しいことを書いてる日本酒ガールズバーのオーナーですがお店はユルユルですのでご安心ください*

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コメント

「楽」を得る為に「酔い」を求める…。まさしく私ですね(笑)。ただ、お酒を「悩み」「苦しみ」から逃げる為だけの手段にはしたくないですね。逆に「酔い」を「悩み」に立ち向かう為の起爆剤にしたいかな。まぁ、なかなかそんなカッコ良くはいきませんが…(笑)。

投稿: 開店ベイベー | 2010年7月13日 (火) 18:35

あ、開店べいべー

今回はお返事します!!!ごめん、いつもお店でお話してしまうから。。。
あのー、あたしね、人はある時「逃げるが勝ち」ってこともあると思うんですよ。

いっつも真正面からじゃあ、擦り切れちゃうもんね。

お酒で「流す」こともありっす(日本酒飲めませんがー、お酒弱いですがー)

投稿: cayo | 2010年7月13日 (火) 18:40

ごぶさたしております。

ヴィクトール・E・フランクル、この間テレビで紹介していました。
その中でフランクルの言葉、”絶望=苦悩-意味”
も併せて紹介しており、その時の自分をかなり救ってくれましたわ。
ちょうど病気でいろんな意味で病んでたんで(笑)

悩んでも悩んでも、そこに意味を見つけれればそれは絶望にはなりえないだなと。。

今は元気にしてるんで、また旨い酒いただきにいきますわ~

投稿: taro | 2010年7月14日 (水) 15:56

taroちゃん

本当にご無沙汰ね。病気だったんですか?
何も知らなくてごめんなさい。

フランクルは最近注目されてますね~。わたしはかなり前に「ユダヤ人」繋がりでたどり着きました。

人は悩んでいる時にはその悩みの本質ではなく、
自分の本来の願望や欲求から逃げられずに悩むのではないですか。

悩むことと考えることはちと意味合いが違いますが、生きているからこその苦悩であるのです。

「意味のある苦悩は人間を高める」byフランクル

また、お店に来てくださいね~。

投稿: cayo | 2010年7月14日 (水) 16:10

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